★ 【銀幕八犬伝〜仁の章〜】友を取り戻せ ★
<オープニング>

 夜である。
 生温い風の吹く、厭に闇の深い、夜であった。
「許さぬ、許さぬぞ」
 ずるずると地を這うそれは、腹が膨らんでいるのも気にせず腹這いになって闇の中を進んだ。
「許さぬ、この私に再び生き恥を晒せと抜かした者共め」
 土を掻く細い指には赤が滲み、漆黒の瞳には止め処なく涙が溢れた。髪は乱れに乱れ、頬や額に張り付いている。白い顔は泥にまみれ、しかしそれを一向に気にした様子も無く、それはすすり泣きとも呻きとも取れる声で怨嗟の言葉を吐き散らした。
 やがてよろよろと立ち上がると、女の前には死の淵が大きく口を開けていた。闇よりも深い闇が、おいでおいでと手を拱いている。
 女は膨れた腹を悍まし気に見下ろした。胸元に下がる水晶の数珠を引き千切ると、爪の剥がれた赤い細指で懐の守り刀を引き抜き、何の躊躇も無くその腹を引き裂いた。
「呪うぞ、忌々しき街よ。この伏姫が死をもって、貴様らに災厄を齎して呉れる」
 ゆっくりと、女は闇の底に沈んで行く。
 女の最後の絶叫は、恐怖の叫びだったのか、それとも高嗤いだったのか。
 知る者は、いない。

 そして、明くる日、四月十五日未明。
 星々の煌めく夜、銀幕市には流れ星が降った。
 或る者は言った。
 暗く輝くその星は、天高く登り詰め、烈火の如くに落下したのだと。
 或る者は言った。
 冷たく光るその星は、大きな一つ星として空に昇り、八方に散ったのだと。
 或る者は言った。
「またワシは間に合わなかったのか……伏姫様……」

 数日後。
 対策課は騒然としていた。その中心には、山伏の風体をした坊主の男が神妙な面で植村と向き合っている。
「では、あの跡は、『里見八犬伝』から実体化した伏姫のものだと、おっしゃるのですね? そしてその伏姫が今回の事件を起こしているのだと?」
「そうさな、死した伏姫様が蘇り、仁義八行の玉に悪事を働かせている、という方が正しかろう。いずれにしても、これは早急に事を運ばねばならぬ。既に被害が出ていると、街を見て思った」
 坊主は、ゝ大法師(ちゅだいほうし)と名乗った。伏姫と同じ、映画『里見八犬伝』より実体化したムービースターである。
「そもそもの始まりから話そう。安房国滝田城城主がまだ神余光弘公であった時だ」
 悪臣・山下定包と公の妾・玉梓と名乗る心悪しき美女とが手を組み、光弘公を陥れ、挙句光弘公は騙されてあえない最期を迎えた。そのまま定包が滝田城主を名乗り、玉梓を妻に迎え、悪事の限りを尽くした。
 その山下を討ったのが、今は滝田城主である里見治部大輔義実である。
 義実が毒婦玉梓を捕らえた時、義実はその美貌と口の巧さにほだされ、殺すも哀れ見逃すか、と言った。しかしそれを止めたのが、譜代の重臣・金鋺八郎であった。今この毒婦を許せばまた祟りを為すでありましょう、と。
「情けなや、一度は助けると言って望みを持たせておきながら、家来の言葉にたちまち心を覆す意気地なし、呪われるがいい、末代までも悪霊となって里見の家にこの玉梓が祟ってやろうぞ。……そう叫びながら、玉梓は首を落とされた」
 市役所内は、ただしんとして、ゝ大の声のみが朗々と響いていた。
 幾年月が経ったある時、隣国安西景連の領を酷い飢饉が襲った。景連は隣国のよしみ、助けてくれと義実に申し入れた。義実は快く聞き入れ、多額の援助を惜しまなかったがその翌年、皮肉にも今度は義実の領が酷い飢饉に見舞われたのだ。この前の恩義もあるのだから、助けの手を返してくれない事はあるまいと、義実は景連へ援助を乞うた。だが、景連は助けるどころか里見家が飢饉にて弱り果てているのを機と見て、大軍を仕立てて滝田城を包囲してきたのである。
 烈火の如く怒り狂った里見義実とその家臣たちは、安西の大軍を迎え撃った。しかし、元々飢饉で弱り果てている軍である、旗色はみるみる悪くなり、もうあとは落城を待つばかりとなった。
「そんな時だ。義実様が飼い犬・八房に戯れごとを申したのは」
 義実は八房に向かってこう言った。
 お前に心があるのならば、憎き安西景連ののど笛に食らい付き、その首を取ってみせぬものかな。もしもそれが叶うならば、褒美を取らせよう。魚肉をたらふく食わせてやろうか、それとも大将の座なりを与えようか……それでは不服か、八房よ。なれば、我が娘、伏姫を取らせようか。お前は伏姫の犬、姫も日頃よりお前を可愛がっている様子。お前が景連の首を取りこの窮地から我が里見家を救ってくれるのならば、お前に姫を取らせるぞよ。
「八房は見事、景連の首を取って来た。それによって、里美家を大勝利を治め、そして約束通り、姫は八房と共に何処かへと姿を消した」
 当然、義実は猛反対した。犬畜生めに大事な姫などをやるものかよ、と。
 しかし、伏姫は言った。
 これも運命なのでありましょう、と。伏姫とは、人にして犬に従うと書きまする、この八房と行くのが、私の定めなのでありましょう、と。
 そして、八房に言い聞かせた。
 畜生とはいえ約束は約束、私はお前と共に参ろう。だが、犬と人とが交わるは人の道に背く事。私は人の道に背きたくはない。もしお前が私の傍らにあっても心清らかに私を守り忠実に控えているというのならば、黙ってお前の行く所へ参りましょう。されど、もし約束を違えて淫らな事をしようとするなら、私はお前を殺して私も死ぬ。守れますか。
 八房は、誓うと言うように、一つ吠えた。
 そうして、八房と姫は姿を消したのだ。
「それから半年ほど過ぎた頃であろうか。私は富山の山中で、八房と伏姫とを見つけた」
 今まさに入水せんとしようとしていた伏姫の傍らに犬がいて、思わず銃の引き金を引いた。それは八房を貫くと共に、伏姫の胸をも貫いたのだが、伏姫の傷は運良く急所を外れており、一命を取り留めていた。
 だが、伏姫は泣いた。なぜ、生きているのかと。
 伏姫が言うには、春頃から腹が妙に膨れ、気分が悪くなっており、これは何かの病を得たに違いない、なんとはかない一生だろうと涙に濡れていたのだと言う。そしてある日、水を汲みに川面をのぞき込むと、なんとそこには犬の頭の姿の自分が映っていた。驚いてもう一度見直すと、人の顔になっていたが、これはどうした事かと戸惑っていると、そこに一人の童が現れた。その童は神の使いであったのだろう、それが言うには、伏姫は病ではなく、八房の子を孕んだのだと。
 伏姫は驚いた。天地神明に誓って八房と夫婦の契りなど結んではおらぬ、この身は潔白である、と言うと、
「人は交わらずともただ<気>に感じて孕むこともあり、八房と暮らすうち、八房の強い<気>と、父が伏姫を八房の妻にと決めたからには、八房を夫と思う<気>が感じ合って胎内に八つの子を生したのだ」
 伏姫はこれを恥じて入水しようと決意したのだった。
「では、その時の状態で実体化を……?」
 植村が言うと、ゝ大法師は一つ首を振った。
「伏姫様は、確かに一命を取り留められた。だが……その後、自らの守り刀で腹を割いて亡くなられた。もはや、生きてはいられぬこの身の上、とおっしゃられて」
 ゝ大は目を伏せる。
 そして植村の目を真直ぐに見た。
「映画では、確かに伏姫様は亡くなられたのだ。八房の<氣>を受けての懐妊とは言え、人の道に背いた懐妊なのだ、と恥じたからだ。自らの腹を裂いてまで、伏姫様は胎内に子がない事を、証明なさった。伏姫様は、笑っておられた。その、最期に。だのに」
 伏姫は、実体化した。
 懐妊した状態で。
「しかし……しかし、それは無理です。監視所には常に人がいるんです」
「居らなんだ日もあったろうよ。聞けば、伏姫様が此処へ参られたのは、四月十四日だそうではないか」
 ゝ大が言うと、植村は思い出すようにこめかみに手をやった。
「ええ、……ええ、確かに十四日にいらっしゃいました。その時は酷く驚いた様子でしたが、実体化したムービースターはほとんど皆さんそんな状態で」
「その時、姫様は懐妊しておられたのだ」
「ですが……「穴」に身投げをする隙なんて」
 そこまで言って、植村ははっとした。
 ……あった。
 あったのだ。
 珍しく長く、誰も訪れなかった日が。
「そんな……では、あの時……?」
 植村は愕然とした様子でゝ大を見上げた。ゝ大は瞑目した。
 「穴」の今後の方針として、会議が始まったのは四月十三日。
 『里見八犬伝』から伏姫が実体化し、市役所にやって来たのは四月十四日。
 酷く狼狽した様子で、市役所を去ったのも四月十四日。
 会議が終了したのは、四月二十四日。
 会議の結果、「穴」調査隊が再編され、準備に入った。
 十七日以降になってから発見された、何者かが侵入した形跡。
 銀幕市に飛び散った、八つの光。
 そして、四月十四日から十六日の間、監視所には人が居なかった。
「そんな……そんな、だったら、伏姫は? 彼女は今、どこに?」
「街には居らぬ。どこか別の場所で、氣を蓄えておられる。だから先に、玉が街に散らばり、伏姫様に氣を与えんとしておるのだ」
 植村は青褪めた顔で腰を落とす。ゝ大はやはり神妙な顔で、言葉を続けた。
「……先にも言うた通り、今街で悪行を成すは仁義八行の玉と呼ばれる八つの玉。本来は八犬士が持ちその力を制御するのだが、その犬士は此処に居らぬ。元々、あの玉は伏姫様が御自害なされた際に姫様の腹から八方に散ったもの、姫様の意に沿うても不思議は無い」
 そこまで言うと、ゝ大法師は深々と頭を下げた。
「どうか、伏姫様のお怒りを鎮めて欲しい。あまりに変わり果てた姿を、ワシはもう見ておられぬ……恐らく、玉を壊せば姫様へ流れる力は止まり、姫様自身の力も弱まろう。どうか、玉を破壊してくれ」

●魅入られた少年
 少年には、その玉がとても綺麗に光った宝石に見えた。
 玉の表面には『仁』と刻まれていたが、少年には読めなかった。
「綺麗だー!」
 その時、一瞬その玉は黒光りし、その少年は玉から目が離せなくなった。
「この玉、みんなに見せなくちゃ……」
「おーい、シンヤ何やってんだよ。まだ、かくれんぼうの最中だろ」
 シンヤと呼ばれた少年は振り返ると、虚ろな瞳で振り返ると、その玉を掲げ、声をかけてきた少年に見せつける。
「何だよ、この玉………」
 声をかけてきた少年が言うと、玉はまた一瞬光る。
「……ん、伏姫様の為に我らが世界を作り替えなければ……」
「そうだ……行こう」
 そう言って、シンヤ少年ともう一人の少年は、かくれんぼうをしている子供達を次々発見すると、子供達に玉をかざしていく。
 すると、子供達は、一様に、
「伏姫様の為に……」
 と呟きながら、虚ろな目をしながら歩き出す。
 シンヤ少年達はあらかたの子供達を見つけだすと、その全てを玉の虜にし、町中へと帰路へ着く。
「我らが、この世界を作り替える。例え、血を流しても」
 その数は十数人にのぼっていた。
 シンヤ少年の手に握られている『仁』の玉は子供達を虜にする度に、その透明度が無くなり黒い玉へと、変貌していた。
「我ら、伏姫の下部なり……」
 そう言って街へ消えていく子供達を木の上に登っていた、一人の少年は怯えながら見ていた。
「シンヤ達どうしたんだよ?急に怖い顔になって、……伏姫って何だよ?」
 その少年、シンヤの親友トオルは、不思議そうにそして不安そうに首を捻った。
「誰か、大人の人に相談しなきゃ!シンヤ達を元に戻さなきゃ!」
 そう言って一通り木の上から見ていた、トオルは、ハッと思い出す。
「……シンヤが握ってた玉。アレを拾ってからシンヤ、おかしくなった!きっと、あの玉のせいだ!」
 あの玉が、何なのかトオルには、分からない。
 だけど、何か嫌な感じがする。
「シンヤ達、血を流してもって言ってた……そんな、危ないことさせない。俺がシンヤ達を助けてやるんだ!」
 親友を取り戻す。
 その思いを心に誓い。
 トオルは、木を下りるとシンヤ達が歩いていった、方角へと向かって走り出す。
「絶対に止めるんだ!」
 ただ、その一念で。

種別名シナリオ 管理番号568
クリエイター冴原 瑠璃丸(wdfw1324)
クリエイターコメントこんにちは、冴原です。
初のコラボレーションシナリオで緊張しております。

まず、今回の注意点です。
今回のコラボレーションシナリオ【銀幕八犬伝】における個々のシナリオの最終目的は負の力に汚染された仁義八行の玉の破壊になります。ただし、参加されたPC様のプレイングの内容によっては、玉が破壊されない可能性もあります。
よって、今回、公正を期すためキャラクターのクリエイターコメント欄による補足は考慮いたしません。ただし、PC間の交流状況など、直接シナリオの内容と関係しない部分は参照します。

【銀幕八犬伝】に関するシナリオは、第二次『穴』調査隊が派遣される前に起こった事件になります。
また、同日同時間に起こった事件ですので、同一PC様による複数シナリオへの参加はご遠慮ください。
ご注意下さいませ。

* * *

では、当シナリオの説明を少し。
玉に魅入られた子供達を無傷で助けるのが本目的となります。
子供達が暴挙を起こす前に何とか止めて下さい。
『仁』の玉を持って子供達を先導しているのはシンヤ少年です。
そのあとを、親友のトオル少年が追いかけています。
今シナリオでは、あなたの他人を思う気持ちが力になります。
熱い心からのプレイングで少年達を石の魅了から解いてあげて下さい。
そして、玉の破壊もお願いします。

それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

参加者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
冬月 真(cyaf7549) エキストラ 男 35歳 探偵
ケト(cwzh4777) ムービースター 男 13歳 翼石の民
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
<ノベル>

 少年は、走った。
 息が切れる程に。
 ただ一つの願い。
 親友を助けたかったから。
 そんなトオルを空高くから、発見した青年が居た。
 空中散歩を楽しんでいた、ケトだ、
 走っているトオル少年を横目に見ながら、その先に沢山の子供達の行進が目に映る。
「何だありゃあ、今はああいう遊びが流行ってんのか?」
 そう思った時、集団の中の1人の少年が振り返ってケトを凝視する。
 すると、スイッチが入った様に、ケトに道ばたの石を投げつけてくる。
「うわっ!うわっ!どうしたんだあいつ等!」
 大急ぎで、石の届かない上空まで飛翔する。
「なんだよ、あいつ等、なんかに取り憑かれてるんじゃないか……って、あり得る!滅茶苦茶あり得るじゃねーか!」
 そしてふと思い出す。
「そう言えば、距離を取って子供達を追いかけていた子供が居たな。」
 よしっと、羽を旋回させる。
「いっちょ、話、聞いてみるか!」
 そう言ってケトは、子供達を追っていた少年トオルに近づいていく。
「おーい、そこの坊主!」
「お…俺?」
 突然の上空からの来訪者に少し驚きながらも、すぐに我に返って、上空から現れたケトの胸ぐらを掴んだ。
「どうしよう……どうしよう……シンヤが……シンヤ達がおかしくなっちゃった!」
「何があったんだよ?それじゃ分かんねーよ。詳しく、教えてくれよ」
「えっとな……」
 トオルは涙をこらえながら話しだした。
 木の上から見ていたことを。
 シンヤ少年が玉を拾ってから、様子がおかしくなったこと、シンヤがその玉をかざすと他のみんなもおかしくなってしまったこと。
 たどたどしくもあったが、友の為に必死で説明した。
「こりゃあ、ムービーハザードにしても厄介だな。対策課に行くか……」
「その、心配は無いわよ。このムービーハザードの件については、対策課が調査していた所よ」
 話していた、トオルとシンヤの間に割って入る様にローラーブレードを履いた快活な少女が、話に入ってくる。
 対策課から派遣されて来た、新倉アオイだ
「そこの坊やには分からないかもしれないけど、今回の依頼は超ヤバイの」
「と言うと?」
「里見八犬伝って知ってる?その話に出てくる、8つの玉が悪意を持って、この銀幕市に実体化してしまったの。こんなのマジでアリエナクナイ?その一つ一つは意志を持っていて、それぞれの意志で色々な悪さをするはずよ」
「よく分からないけど、その玉のうちの一つがシンヤ達に悪さをさせようとしているって事?」
 一生懸命考えながら、結論に達したトオル少年をアオイは撫でる。
「まあ、そう言う事よ。早く、彼等から玉を奪い取らなきゃ」
 アオイが言うとトオルに真摯に頷く。
「そこの有翼人種さんももちろん手伝ってくれるんでしょ?」
「まあ、乗りかかった船だし」
 ケトが言うと、
「まあ、ここまで来て、女子供だけに任すなんて格好悪いの局地だからね」
 ケトの答えにアオイが悪態を付く。

「やれやれ、また随分とやっかいな事じゃないか……」
 街はずれの喫茶店でコーヒーを飲んでいた、冬月 真は、街を歩く少年達の目にあまりにも生気がないのを感じ取り、昔培った刑事の勘でこれは事件だと感じ取った。
 コーヒー代を払うと、店を出て、電柱の陰に隠れる。
 子供達を救うのには、まだ情報が足り無さすぎる。
 なにやら尋常じゃない雰囲気を出している少年たちを遠目に見つめ、冬月はどうしようかと思案に耽っていた。
「どうしたもんか……ん?」
 少年たちの後を追う一人の少年が、そして少女、有翼人が、彼等を追いかけてきた様だ。
 その中の少年のその表情は焦燥に彩られている。
 こうなったらもう関わらないという選択は取れない。
 あの後を追っている少年は絶対無理をするだろう。
「これだから・・・ムービーハザードは嫌になる」
 そう言うと、真は電柱の陰から出て、
「ムービーハザードなんだろ?手を貸すぜ」
 そう言うと。
 アオイが、
「なっによー、えっらそうに私たちだけで解決出来るわよ」
「そう言うなってお嬢ちゃん、子供達が絡んでんだろ。早く助けてやらないとな」
 と落ち着いた雰囲気で真が言うと、
「分かってるわよ!子供達の無事が最優先なんだから!」
 そんな中、大人達が話しているのも我慢出来ずトオル少年は子供達に向かって走り出していた。
「マズイ!早く追いかけなきゃ!」
 有翼族のケトは、その羽を活かして素速く追いかける。
「こうしちゃ居られないわね!行くわよ!」
「はいはい、頑張りますかね」
 アオイと真も続くのだった。

 街の中に入った子供達は、何かに取り憑かれた様に、暴れ回った。
 カフェの外にある椅子でガラスを割る少年。
 手に持ったおもちゃで人々に殴りかかろうとする少年。
 闇雲に石を投げつける少女。
 どの子供達の目には、生気が無く操られるが如く行動していた。
 そんな子供達の暴挙を、大人達はどうすることも出来ず、手近な子供を捕まえようとして反対に噛みつかれたり、引っ掻かれたりしていた。
 少年達が見渡せる高台には、シンヤ少年が玉を前の方にかざして、闇色の妖しげな光を発していた。
 そこに走ってきたトオル少年が現れた。
「シンヤ!何やってるんだよ!元に戻れよ!こんな事してちゃ駄目だ。みんなで楽しく遊ぼうぜ!」
 そんなトオルにちらっと視線を向けると、シンヤは玉を持っていないもう片方の腕をゆっくり上げた。
 そうすると、バットを持った少年が横からトオルに殴りかかった。
 殴られる!
 そう思って目を瞑った、トオルだったが不思議とその痛みは無かった。
「大丈夫か?お前?俺は、太助。散歩してたら、こんな事になってて、びっくりしたよ」
 トオルが目を開けると、顔だけ狸で身体全体をスライム化させた、太助が、トオルをまじまじと見ている。
「……ありがとう、俺、トオル。でも、シンヤがシンヤが!あいつが持ってる玉が持っている玉が全部悪いんだ!何とかしてくれよう!」
 トオルの心からの叫びだった。
「とおる、よくがんばったなぁ。よし、一緒にやるぞ!しんやの心を取り戻すんだ!」
 そう言うと太助は、子供達の持っている武器になりそうなものを片っ端から、その、スライム上にした腕ではじき飛ばしていった。
 そうこうしているうちに残りの3人も街の中に入り、周りの状況を見て、溜息を付く。
「なんか、超やばくない」
「俺、空から、このピンで子供達を引きつけるよ」
 アオイの声にケトが自慢のジャグリングに使うピンをどこからともなく出して、空に登っていく。
「俺達は、子供達の保護だ!くれぐれも怪我させるなよ!」
 真が言うと、
「そんなこといちいち言われなくても分かってるわよ!」
 アオイがそっぽを向いて、その方向にいる子供達を、おとなしくさせようと動く。
「とりあえず、トオルを護らなきゃな。一緒にいるのはムービースターか……」
 真の目の前には、身体をスライム状にして大きな膜を作り、護り、少年達を助ける為、気絶程度の柔らかいダメージをその触手で与えている太助が居た。
「トオル!」
 呼ばれ、太助に護られながら誠の声に振り向くトオル。
「トオル、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたいもこうしたいもないよ、ただシンヤをみんなを助けたいんだ!」
 トオルは真の問に真摯に答えた。
「なら、他の子供達の事は、任せろ。お前は、その玉を持っているシンヤを助けるんだ!」
「うん、分かってる!」
 神妙な面もちでトオルが頷く。
「えっと、お前、なんて、言うんだ?」
 そして太助に問う。
「そうか、太助。トオルのことはお前に任せた。無傷でシンヤの所まで連れていってくれ。そして、シンヤの持っている、玉をシンヤの手から引き離してくれ。出来るか?」
「もちろんだ、トオルは俺が護る。それで玉をシンヤから奪い取ればいいんだな」
「そうだ、任せたぞ」
 そう言うと、鎮は太助達に後を任せ、まだ暴れ狂っている少年達の所へ駆けた。
 一方、ケトは、ジャグリングのピンを器用に地上に投げ、少年達の暴走経路を封じていた。
「それにしても、これじゃいたちごっこだぜ。早く、元凶を退治してくれよ」
 このままでは、何時か子供達の暴走を許してしまう。
 一刻も早く元凶を破壊しなければ。
 そう、『仁』の玉を!

「シンヤ!」
「ト…オ…ル」
 子供達の壁を越えて、ようやく高台にいるシンヤの側に着いた時、トオルは息も切れ切れだった。
「大丈夫か?とおる?」
「俺は、大丈夫……早くシンヤを助けて……」
 友を思う力が全ての原動力だった。
 そんなトオルに向かってシンヤは、玉をかざした。
「シンヤ、一緒に帰ろう……」
 トオルの表情は変わらす、シンヤを呼び続ける。
「お前のことだけを思って、ここまで来たシンヤにはそんなもの効くもんか!」
 太助が言う。
「くっ……」
 そう言い、シンヤは玉を持って逃げようとする。
「ちょっと待った!逃げるのはここまでにしましょう!」
 だがそこに待っていたのは、子供達をロープにくくりつけてきたアオイだった。
 自慢のローラーブレードのスピードを活かして先回りしてきたのだ。
「あなたの玉、『仁』の玉みたいね。人を思いやり、慈しむ玉。でも、ムービーハザードに侵された今、その玉は、災厄でしかない!」
 アオイが言うとその隙をついて、太助がそのスライム状に伸ばした手でシンヤの手から、『仁』の玉を弾き飛ばす。
 玉がコロコロと地面に転がると同時に、シンヤが倒れ込む。
「シンヤ!」
 すかさず、トオルがシンヤを抱き起こしにかかる。
 そして、コロコロと転がった『仁』の玉はアオイの前で止まった。
「ゝ大法師の話も聞いたし、伏姫を可哀想にも思うけど……今のあたしには銀幕の街を守りたいと言う思いの方が強いのよ!」
 そう言って、アオイはかかと落としの要領で、自慢のローラーブレードを振りかざし『仁』の玉を破壊するのだった。
『今は、小遣い欲しさじゃない!この街が好きなんだもん』
 アオイの切なる思いで『仁』の玉は破壊された。
 そうして、玉が破壊されると、シンヤがトオルの腕の中で目を覚ます。
「あれ……トオル……何で?俺達かくれんぼうしてたんじゃ……」
「いいんだよ、シンヤ。帰ってきてくれてありがとう」
 トオルは我慢していた涙を流した。
「よかったんだな、とおる」
 そう言って太助も狸の姿に戻るのだった。

「ふう、それにしても今回は厄介だったな。子供相手じゃ拳をふるう訳にも行かないからな」
 真が荒れた街を片づけながら言う。
「本当にね。これじゃあ、怪獣相手の方が楽かもね」
 続けてケトも言う。
「それにしても、アオイの最後の蹴りは、凄かったな」
 太助が言うとアオイは、
「本当に凄いのは友達を思い続けたあの子の力だよ……」
 そう言う、アオイの視線の先には二人仲良くゴミ拾いをしている、トオルとシンヤの姿があった。
 固くて見えない、思いやりという絆を持った二人の姿が。

★ ★ ★

 ゆるゆると陽が沈んで行く。
 生温い風が臭気を運んで行く。
 まるでそこにあるすべてのものが、それの場所を知らせるかのように。
 ゝ大法師は山を歩いていた。
 昔と、同じように。
 あの時も、彼女を捜して、こうして山の中を歩いた。
「──伏姫様」
 そして、見つけた。
 川が流れている。
 川。
 そう、川の向こう側……。
 そこに、姫がいる。
 そして傍らには、ボロボロにひび割れた『義』と書かれた玉。
「金鋺大輔殿か……また来たのかえ」
 美しく豊かであった黒髪は、今は白く振り乱されている。
 ふっくらとした可愛らしい唇は、乾涸びて割れている。
「殺しに来たのかえ、金鋺大輔。それとも、また外してくれるのかえ?」
 にぃ、とわらうと唇は引き攣れ、ぷつりと切れて血が滲んだ。
 ゝ大は俯いた。
「その名はあの時、捨て申した。……姫様を殺してしまった、あの日に」
 言うと、女は笑った。
 森が不気味にざわめき、その声を掻き消して行く。
「金鋺大輔、金鋺大輔よ。私を殺しただと? 殺しただと! 貴様、貴様が殺したと! ひひひ、笑わせるな、笑わせるでないぞ、貴様が殺したなどと!」
 目は赤く血走り、瞳からは赤い涙が幾筋も幾筋も零れ落ちていく。
「一思い、一思いに殺せぬなら銃など手にするでない、愚か者。迷うておる、迷うておるのだろう、金鋺大輔? 知っておる、知っておるぞ、貴様、私に懸想しておったろう。ひひひ、ここで叶えてやろうか、我は生き返った! 幸せか、幸せであろう、八房もおらぬ、貴様のものになってやろうかぁあははっはははははっ!」
 ゝ大は唇を噛む。
 思い出されるのは、鈴を鳴らしたような愛らしい声。
 春の花が咲くような、優しい笑顔。
 空は血色に染まっている。
 俯いていると、すぅと細い枯れ木のような白い手が、ゝ大の頬に伸びて来た。目の前には、自分を見上げる少女。
「……私を見られぬか。さもあろう、のう、金鋺大輔」
 いとおし気に頬を撫でる手。
 ギリギリと爪を立てて、その頬を赤く染めた。
「まっか、まっかにならんとのう、貴様、貴様もならんとのう、目を、目を閉じるな、閉じる出ない、貴様、貴様が閉じるでない、見よ、見よ、貴様の罪を見よぉおおおおお!」
 ゝ大はただ目を閉じてされるがままに引き裂かれた。
 頬の肉が削られ、白い骨が覗く。
 女は笑いながら削り取った肉を握り潰す。それから滴る血を赤く長い舌に絡ませて笑い続けた。
 まっかだ。
「うまくいかぬのう。残った玉も『義』の玉のみ……ふふ、義はよいのぉ、戯れは面白かったか?」
 『義』の玉はふよふよと弱い光を放つ。それに、女は笑った。
「そうかそうか、ふひひひひひぃい……我も、我も戯れたいのう、のう、金鋺大輔? 降りたい、降りたい、ここから出してくりゃれ」
 削られた頬から流れる血が胸に降りてくる。べったりと血塗れた上に、女は頬を寄せた。ゝ大は動かぬまま静かに言い放った。
「……なりませぬ」
 削られた肉の隙間から空気が漏れる。垂れ下がった皮がその空気に揺れた。
 女は笑う。
「なりませぬ! なりませぬだと! ひひひい、金鋺大輔、貴様は変わらぬ! 変わらぬ変わらぬ変わらぬ、ではまた殺し損じるがよいぞぉおひいいいいいっ!!」
 笑う。
 甲高く。
 風が。
 生臭い風が運んでゆく。
 今度こそ。
 間違いは起こしてはならぬ。
「損じるがよいぞ! 貴様は私を殺せぬからなぁっ! ふひひひひ、今度は自ら死んでやらぬぞ、生き恥を晒せと申した者共にものど者共に思い知らせてやらねばなららならないのだからぁああああ」
 今度こそ。
 ゝ大は銃を構える。
 間に合わなかった。
 また、間に合わなかった。
 だから、今度こそ。
 為損じぬよう、こうして。
「なんじゃぁ、黒い筒を私に向けるとは、不忠者めが、手柄も上げられず帰ることもせず挙句私を殺し損ねた損ねた筒をまたたたまたまた向けたむけるむけるまたたまたまた」
 額に。
 指に力を込める。
 引き金を引く。
 筒が。
 天を撃った。
 ゝ大は目を見開く。
 『義』の玉。
 ぼろぼろにひび割れた『義』の玉。
 『義』とは正義。
 義の者は命令では従わぬ。
 義の者は奴隷ではないからだ。
 義の者は自らの義の為に義を尽くす相手の為に義を貫く。
 『義』が選んだのは。
「いひぃひひひいあああはははははっ! 損じた損じたぞ、また損じたぞ、金鋺大輔、それでこそ貴様きさまさまよよおおぉおおいひひいひひひひ」
 伏姫。
 ぞぶり。
 腹。
 腹に。
 腕。
 細い。
 枯れ枝のような。
 声。
 笑い声。
 笑い声。
「さらば、さらぁばばかなかなまま金鋺だ大だいだいすす輔ぇえええ、あは、ははは、はは、は、」
 銃声。
 笑った顔。
 醜く引き攣れ深紅に染まった顔。
 ゝ大はじっと見つめていた。
 ひび割れた『義』の玉は、二度同じことをする力は残されていなかった。
 笑い声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
 銃声。
「今度こそ、おさらばです。……伏姫様」
 『義』の玉は粉々に散って。
 笑い声の主は干涸びた黒い灰になって。
 消えていく。
 溶けていく。
 生臭い空気を一掃するような風が吹いて。
 がしゃり。
 銃が地に落ちる。
 崩れ落ちる。
 山伏姿の男。
「……姫様」
 流れる。
 瞳から。
 溢れる。
 次から次へと。
 止めども無く。
 ごろり。
 転がった。
 夜が来る。
 空には。
 満天の、星。

 笑った。

 そこには。
 一つのフィルムと、一丁の銃が残った。

クリエイターコメント参加者の皆様ご参加ありがとうございました。

【銀幕八犬伝〜仁の章〜】お送りしました。
如何でしたでしょうか?
『仁』の玉は皆さんの活躍で破壊されました。
書いていて、冴原が思ったのは、「やっぱり友情って大事だな」ってことです。
皆さんも、周りにいる友達は大切にしてください。
かけがえないものですから。

今回はコラボレーションシナリオにお誘い有り難うございました。

誤字脱字、感想、ご要望等ありましたらメール下さると嬉しいです。

それでは、また銀幕の世界でお会いしましょう。
公開日時2008-06-07(土) 19:00
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